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第9回 ジェネリーノキング インタビュー

松井秀喜選手がメジャーリーグ開幕戦で満塁ホームランを放った。
その時青年は、自分もメジャーになると誓った。
ゴーゴーカレー宮森代表の明日なき青春とゴーゴースピリッツ!

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株式会社ゴーゴーカレーグループ
代表 宮森宏和(みやもりひろかず)氏
1973年石川県金沢市生まれ。旅行代理店勤務を経て2003年(株)ゴーゴーカレーグループ設立。新宿1号店をスタートに、国内およびニューヨーク店、サンパウロ店など世界展開。趣味はトライアスロン、マラソン。この11月、ニューヨークマラソン、金沢マラソンにて快走。

人を大事にする。助け合う。誰かのために動く。
世の中を元気にしたい。そういう人生を生きる。

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田んぼで遊んだ子供時代。
叱られると土蔵に入れられた。

松前)子どもの頃の宮森さんはどのようなお子さんでしたか?

宮森)僕は石川県金沢市の兼業農家の長男として生まれまして、祖父母、両親、妹と弟がいて。子どもの頃はいつも田んぼの中で遊んでいました。
うるさく言われたのは礼儀。それから箸の持ち方や食べ方。じいちゃんが食べた後に皆が食べるような家でした。兄弟でも長男が一番偉いという考えで、そして男らしさや女らしさが求められました。女の子は家事手伝い、男の子は外に遊びに行って来いと。雨が降っていない限りとにかく行けと。だから物心ついたときからずっと外にいたような気がします(笑)

松前)家長制度が残った昔の日本の風景という感じですね。
きっちり育てられて、叱られたようなことはなかったのですか?

宮森)いっぱいありますよ(笑)。土蔵がありましてね、何か悪いことをするとそこに入れられるんです。鉄の扉がついていて、真っ暗で、めちゃめちゃ怖かったですね。僕らの地方では「やいと」と言って、お灸のことなんですけど、それをやられましてね。押さえつけられて。本当に熱くて、火傷しますよね。何をしたか覚えていないけど、相当悪いことをしたんだと思います。今それをやったら幼児虐待ですよ、ほんとに(笑)

成績表には落ち着きがないとか、協調性が無いとか、毎年書いてあったような気がします(笑)。中学や高校の時は、親が学校に呼ばれて校長先生と面談したりということがありましたね。好きなことをやっていました。ヤンキーではありませんよ。その残り香みたいなものかな。家も溜まり場になってて、まあいろんな奴が来てましたね(笑)

勉強をする概念の欠落。
将来のことはまったく考えていなかった。

松前)驚きました(笑)。勉強の方はいかがでしたか?

宮森)勉強はしなくても出来ました。記憶力には自信があったし、一回聞くと覚えていましたね。漢字の書き取りは別として、聞いてなるほどとわかったことがテストに出るから、けっこう良い点を取っていました。
中学3年生くらいの時は、もうあまり学校に行っていませんでした。寝ていました。夜遊んでましたから(笑)。でも何も勉強しなくても5科目で350点は行っていたんですよ。

松前)受験とか、将来とか、いろいろ考える時期だと思いますが。

宮森)受験なんて考えたこともなかったですね。勉強をするという概念がその時もう欠落していました。誰かの家に溜まっていたり、夏は海で獲ってきた食材でバーベキューをしたり、冬は毎日のように鍋をしたり。仲間とつるんでそんなことばかりしていましたね。だから火を熾すのは上手いですよ(笑)。
将来は何をしたいかとかどうするかなんて、まったく考えていませんでした。頭の片隅には家の田んぼを継がなきゃみたいなことはありましたが。田んぼはいつも手伝っていましたし。結局何も勉強をしないまま、その時に入れた高校に入学しまして。ただ高校3年の時に、卒業してどうするかという時に、やはりまだ就職したくなくて大学行こうかなと思って勉強を始めたのですが、さすがに時すでに遅しでした。
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松前)宮森さん、意外です(笑)。日々、今を生きていらしたんですね。

宮森)あはは。そうかもしれませんね。それで親や周りの親戚が、頼むからとりあえず専門学校でも何でも行ってくれと言うので仕方なく専門学校へ行ったんです。当時は旅行業界が人気でしたので、それもいいなと思って旅行の専門学校へ入りました。2年生の時に国内旅行業務取扱管理者試験という国家試験にもパスしたんですけど、3日間だけ過去問に集中して受かったんですよ(笑)

松前)すごいですね。やはり頭が良いのですね。お父様も頭の良い方でしたか?

宮森)そういう話はしたことがないのでわかりませんが、知恵があったと思います。父の農作業のやり方を見ていると段取りとかテキパキしていましたし、優先順位とかすごくうるさかった。遅い仕事は誰だってできる。どうやって早くできるか考えろ、みたいな。今思えば兼業農家だから忙しかったのかな。毎朝、そして週末は田んぼをみていましたから。

楽しかった旅行代理店の仕事。
社内改革のため社長を目指す。

宮森)僕らは第二次ベビーブーマーのピークの世代でどこも就職は大変でしたが、運よく旅行代理店に就職することができました。ツキだけは昔からあったんですね(笑)。そこには8年半勤めました。ツアーコンダクターをしたり、企画を立てたり。断然仕事が面白くなり、本当に楽しかったですね。成績も良かったです。

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でも会社の中というのは、頑張っている人はすごく頑張っていて、頑張っていない人はすごくラクをしているような世界でした。派閥もある。反対派もいる。目立ったことはするな、皆と同じことをしろと言われたこともありましたね(笑)。すごくいい企画を作ってもボツにされることもあった。絶対出来るのになあ、と残念でしたね。頑張っている人、能力のある人が報われるような会社にしようと思ったら、自分がこの会社の社長になるしかないと思いましたね。ですからそのつもりで働いていました。しかし29歳の頃、業界全体が低迷していて、僕のいた会社もついに別会社に吸収合併されることになり社長の夢は叶えられなくなったのです。

起業のきっかけは松井選手の満塁ホームラン。
自分もメジャーになろうと思った!

宮森)これからどうしようと思っていた時でした。
その年、松井秀喜選手が読売ジャイアンツからニューヨークヤンキースへ移籍しましてね、忘れもしません2003年4月8日、なんと開幕戦で松井選手が満塁ホームランを打ったんですよ。僕は松井選手のファンでその試合をテレビで見ていたんですけれども、もうスッゲーッ!と。衝撃と感動でした。松井さんも石川県出身で僕より1つ年下なんです。何ていうのかな、抜かれてしまった、みたいなことを勝手に感じまして。負けてられないなと。その時自分もメジャーになろうと思ったんです。

松前)起業のきっかけは松井秀喜さんの満塁ホームラン!

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宮森)そうです。松井選手も世界で頑張っているし、自分も世界で頑張ろうと。ニューヨークへ行こうと。そうして動き出すと外資系の会社に誘っていただいたり、この会社の社長をやってみないかと声を掛けていただいたりしました。でも、いろいろな選択肢の中から最後に選んだのはカレーでした。このカレーだったら東京にも出せるし、ニューヨークにも出せるなと。
カレーの修業をした後、2004年5月5日に新宿に1号店を出しました。新宿駅が乗降者数が一番多いと聞いて、新宿へ行くことに決めたんです。そう決まってから旅行社を辞めたんですけど、その時はもう成功したような気分で(笑)。完璧!間違いない!と感じていましたね。

松前)起業をされてからいろいろなご苦労があったと思いますが、ニューヨークにも出店されてまずは夢の一歩を叶えられたのですね。
今こうして事業が大きくなっていく中でご両親はどうされていますか?

宮森)僕たち子どもはそれぞれ皆独立しましたので、地元で二人、犬と猫と一緒に暮らしています。両親には本当に迷惑ばかり掛けてきましたが、こんな僕を諦めずに見捨てずにいつもずっと心配してくれましたね。今でも心配みたいです。感謝です。本当に親孝行はしなくちゃと思って、旅行へ連れて行ったりしています。世界一周もしました。サンパウロの店も一度見せたかったし。

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松前)それは喜ばれたでしょうね。素敵ですね!

世のため人のためであれ。
信仰心を持つことは大切。

松前)ゴーゴーカレーさんの従業員の皆さんは若い方が多いと思いますが、何か伝えていることはありますか?

宮森)親孝行しろとか、墓参りしろとかは言いますね。それから、信仰心を持ちなさいよとか。無宗教が一番いかん。クリスチャンだろうと仏教徒だろうと、いいんですよ。50年前だったら自分の家の宗派を知っていたと思うんですけど、今は誰もそれさえ知らないですもんね。昔、子どもの頃から当たり前のようにあった手を合わせる風景、祈る心、みたいなものが大事だと思うんですよね。感謝する、恩を大切にするという心。

それで会社でもゴーゴーカレーの手帳を作ったんです。開運手帳というんですけど。精進手帳っていうと宗教臭くなるんで(笑)。お互い様の心で助け合う大切さ、いいことしたら運気が上がるよ、運気が上がればいいことあるよ、というようなことが書いてあるんです。毎年内容を進化させているんですよ。

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松前)宮森さんがお坊さんに見えてきました(笑)

宮森)あはは。だから自分も本当に勉強していますし、仏教を信仰しているんです。今勉強しているのは釈尊と聖徳太子です。僕は今までいっぱい悪いことをしてきてドロドロなんですけども、今は心から平和を願っていますし、お客様を従業員を、家族、地域、世の中を元気にしたいと思っています。

苦しい時はお互い様。
頑張れば報われる職場を目指す。

松前)従業員の方にどんどん稼いでこいよと言うのではなくて、世のため人のために、世の中を元気にしていこう、というところが経営方針の一番のところなのですね。

宮森)そうですね、そこが原点かな。ここで長く働いている人の共通点は、人を大事にしている人、自己犠牲ができる人なんですね。元ヤンの人もいますが、かつて親からも学校からも煙たがられて来たと思うんですよ。だけどその人たちは皆すごく人を大事にするんですよ。よく働きますし。また、女性の再就職は大変でなかなか働き口がなかったりしますよね。でも女性は責任感が強くすごい能力があるんですよ。バツイチ子持ちとか、他ではどうかわかりませんがうちではスペシャルなんです。助けられたり助けたりが大切と思える職場、頑張れば報われるという職場を目指しています。

縁あって生まれてきてくれた子ども。

松前)最後に、子育てしているお母さんたちに一言いただけますか?

宮森)子どもって、縁があってここに生まれてきてくれたんですよね。大人が偉いわけじゃない。大人と子どもは対等なんです。平等の魂があると言えばいいかな。それがわかると上から目線でものを言えなくなります。過度な期待をかけたり、他の子と比べたりする前にそれをまず思い出してほしいと思います。
それから親や先祖を大事にすること。そういう姿を子どもに見せることも大事。お盆休みはハワイに行く時じゃないんですよ。子どもたちと一緒に先祖の墓参りをするためにあるんですよ(笑)

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松前コメント:
宮森社長はいつでも、「ゴーゴーカレー」のTシャツと前掛けをトレードマークにされていて、その信念の強さをいつも感じています。インタビューで「ゴーゴーカレー手帳」に感動し、手帳が欲しいと申しましたら、その事をちゃんと覚えて下さっていて、私達に送って下さいました。小さな約束を守る方だからこそ、こんなに会社が大きく発展されているのだろうな。と感じました。 宮森社長にお会いし、人間の土台、基本を、改めて思い出し、子育てに生かしたいと思っています! ありがとうございます!

聞き手/松前博恵  記事/坂真智子  カメラマン/バロンフォトワーク 室 恵美子